結論:インシデントとアクシデントの違いは「傷害の程度」
インシデントとアクシデントの違いは、患者に生じた傷害の程度です。JCHO(独立行政法人地域医療機能推進機構)の医療安全管理指針では、影響度レベル0〜3aをインシデント、3b〜5をアクシデントとしています。
- インシデント:患者に実施されなかった、実害がなかった、処置のいらない一時的な変化にとどまった、または簡単な処置や治療で済んだもの(レベル0〜3a)
- アクシデント:濃厚な処置や治療が必要になった、永続的な障害が残った、または死亡に至ったもの(レベル3b〜5)
一般には「実害があったかどうかで分ける」と説明されることがあります。しかしJCHOの定義では、消毒や湿布で済むような比較的軽微な傷害もインシデントに含めます。
正確には、実害の有無ではなく傷害の程度で分けていると理解するのが安全です。
英語の意味では、incidentは「出来事・事件」、accidentは「事故」です。
JCHOはインシデントを、実際には患者へ傷害を及ぼすことはほとんどなかったが「医療有害事象へ発展する可能性を有していた潜在的事例」と定義しています。
またJCHOは、アクシデントを「防止可能なものか、過失によるものかにかかわらず」と定義しており、誰かのミスがあったかどうかは区分の基準ではありません。
ただし境目は施設によって異なり、「ヒヤリハット」「医療事故」も出典によって範囲が違います。以下、公的資料にもとづいて順に整理します。
ヒヤリハット・医療事故・医療過誤との関係
厚生労働省の指針は「ヒヤリ・ハット」「医療事故」という言葉で定義している
厚生省(現・厚生労働省)が平成12年に国立病院等向けに示した「リスクマネージメントマニュアル作成指針」(以下、厚生労働省の指針)は、インシデント・アクシデントという言葉ではなく、「ヒヤリ・ハット事例」「医療事故」「医療過誤」の3つを定義しています。
ヒヤリハットとインシデントは同じ意味で使う指針もあるが、範囲は出典で違う
JCHOの指針は「インシデント(ヒヤリ・ハット)」と書き、両者を同じものとして扱っています。範囲はレベル0〜3aで、比較的軽微な傷害を含みます。
一方、厚生労働省の指針のヒヤリ・ハット事例は「患者に被害を及ぼすことはなかった」事例です。
具体的には、患者には実施されなかった場合と、実施されたが結果的に被害がなく、その後の観察も不要だった場合を指します。同じ「ヒヤリハット」でも、厚生労働省の指針のほうが範囲が狭いことになります。
アクシデント・医療事故・医療過誤の関係
JCHOの指針では、アクシデントを「医療有害事象、医療事故」と言い換えています。
これに対し厚生労働省の指針の「医療事故」は、医療に関わる場所で医療の全過程において発生するすべての人身事故を指し、医療従事者の過誤・過失の有無を問いません。
患者が廊下で転倒して負傷した場合や、注射針の誤刺のように医療従事者に被害が生じた場合、精神的被害も含まれます。
医療過誤は、どちらの指針でも医療事故などのうち過失によるものを指しますが、範囲は少し違います。
厚生労働省の指針では「医療事故の一類型」で、医療従事者が医療的準則に違反して患者に被害を発生させた行為とされ、患者への被害が前提です。
JCHOの指針では「過失によって発生したインシデント・アクシデント」とされ、実害のなかったインシデントも含みます。
介護やIT分野での使い方
介護分野については、2018年10月の社会保障審議会 介護給付費分科会「介護報酬改定検証・研究委員会」で、委員から「用語の定義についてすら施設間でバラつきがある」との指摘が出たと報じられています(GemMed 2018年10月4日)。
IT分野では、システムやサービスの正常な運用を妨げる事象全般をインシデントと呼ぶ使い方があり、医療の影響度分類とは前提が異なります。
影響度レベル0〜5で見る、インシデントとアクシデントの境目
区分と各レベルの内容は、JCHO「医療安全管理指針」別紙の「インシデント・アクシデントの患者影響度分類」によるものです。
インシデント(レベル0〜3a)
- レベル0:エラーや医薬品・医療器具の不具合が見られたが、患者には実施されなかった
- レベル1(実害なし):何らかの影響を及ぼした可能性はあるが、実害はなかった
- レベル2(一過性・軽度):処置や治療は行わなかった(バイタルサインの軽度変化、観察の強化、安全確認の検査などの必要性は生じた)
- レベル3a(一過性・中程度):簡単な処置や治療を要した(消毒、湿布、皮膚の縫合、鎮痛剤の投与など)
アクシデント(レベル3b〜5)
- レベル3b(一過性・高度):濃厚な処置や治療を要した(バイタルサインの高度変化、人工呼吸器の装着、手術、入院日数の延長、外来患者の入院、骨折など)
- レベル4(永続的・軽度〜高度):永続的な障害や後遺症が残存した(有意な機能障害や美容上の問題は伴わない場合、伴う場合の両者を含む)
- レベル5(死亡):死亡(原疾患の自然経過によるものを除く)
分かれ目は「簡単な処置」か「濃厚な処置」か
迷いやすいのは3aと3bの境目です。JCHOの例示に当てはめると、次のように覚えられます。
消毒・湿布・皮膚の縫合・鎮痛剤で済めば3a(インシデント)、手術・人工呼吸器・入院日数の延長・外来患者の入院・骨折なら3b(アクシデント)。
レベルは「どれだけ影響が出たか」、種別は「何が起きたか」を表すもので、別々に記録しておくと集計で傾向が見えやすくなります(参考:ヒヤリハットの種別が「その他」ばかりになる理由)。
境目は施設によって違う。自院の定義を確認する
ここまではJCHOの区分で説明しましたが、レベルの分け方やインシデント・アクシデントの境目は、すべての施設で同じではありません。
- 国立大学附属病院医療安全管理協議会の影響度分類では、レベル4を4a(有意な機能障害や美容上の問題を伴わない)と4b(伴う)に分けています(平成17年の公表指針の参考表)。
- 済生会の平成24年度の臨床指標では、レベル3以上をアクシデントとして集計しています。
- 0a・0bのようにレベル0を細かく分けたり、暴言・暴力などの独自区分を設けたりしている病院もあります(奈良県立医科大学附属病院)。
同じ「縫合した転倒」でも、JCHOの区分ならインシデント(3a)、レベル3以上をアクシデントとする施設ではアクシデントと呼ばれることがあるわけです。
医療法施行規則第1条の11は、病院等の管理者に安全管理のための指針の整備や職員研修などを求めています。
自院の医療安全管理指針で定義と報告先を明文化し、研修で共有しておくと、現場の迷いが減ります(参考:医療安全委員会の資料作りが毎月半日仕事になる理由)。
2026年4月からは、病院・有床診療所などに医療安全管理者の配置も求められています(参考:医療安全管理者とは?誰がなれるか・兼務・研修)。
迷いやすい事例の判定例(医療・介護)
以下は、JCHOの影響度分類の基準文に当てはめた例です。実際の判定は、自院の基準と医師の診断にもとづいて行ってください。
与薬
- 誤った薬に、投与する前に気づいた → レベル0(患者には実施されなかった)
- 投与したが、変化はなく観察の強化も必要なかった → レベル1(実害はなかった)
- 投与後に観察を強めたり、確認の検査をしたりしたが、治療はしなかった → レベル2(観察の強化・安全確認の検査)
- 投与後に追加の投薬や処置が必要になった → 簡単な処置や治療で済めば3a、濃厚な処置や治療を要すれば3b(処置の内容で決まります)
転倒・転落
- 転倒したが外傷はなかった → レベル1。観察を強化したり確認の検査をしたりした場合はレベル2
- 転倒して額を切り、皮膚を縫合した → レベル3a(例示の「皮膚の縫合」)
- 転倒して骨折した → レベル3b(例示の「骨折」)
介護施設の場合
ここでは病院の分類(JCHO)を当てはめた場合の例として考えます。実際には施設ごとの基準を優先してください。たとえば食事介助中の誤薬に気づいて止めた場合はレベル0、転倒して湿布を貼った場合は3aに当たります。
ただし介護施設では、施設内でインシデント扱いの事故でも、市町村への報告が必要になることがあります。
次の章で説明します(参考:食事介助のヒヤリハットが埋もれる理由、訪問看護のヒヤリハット報告)。
院内の区分と、外部へ報告する「事故」は範囲が違う
医療事故調査制度の「医療事故」は、予期しなかった死亡・死産に限られる
医療法第6条の10が定める医療事故調査制度の「医療事故」は、病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産であって、管理者が予期しなかったものです。
該当すれば、医療事故調査・支援センター(日本医療安全調査機構)への報告が必要です。
院内の「アクシデント」とは範囲が違い、影響度レベルで機械的に決まるものではありません。
JCHOの指針自身も、アクシデントの定義の箇所で「医療事故調査制度における医療事故の定義は、本定義とは異なることに留意のこと」と注記しています。
特定機能病院などは「事故等事案」を原則2週間以内に報告する
医療法施行規則第12条により、特定機能病院と、国立病院機構の病院や大学附属病院などの「事故等報告病院」(同第11条)の管理者は、事故等事案が発生した日から原則として2週間以内に、登録分析機関へ報告書を提出しなければなりません。
日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業は、医療法施行規則により報告が義務付けられた「報告義務対象医療機関」から事例を収集しており、それ以外の病院や診療所も任意で参加できます(同事業のよくある質問)。
介護施設の市町村報告は、院内で「インシデント」扱いの事故も対象になりうる
厚生労働省の通知「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(介護保険最新情報Vol.943、令和3年3月19日)では、次の事故は原則としてすべて市町村へ報告することとされています。
- 死亡に至った事故
- 医師(施設の勤務医、配置医を含む)の診断を受け投薬、処置等何らかの治療が必要となった事故
病院の分類で3a(簡単な処置)に当たる事故でも、医師の診断を受けて治療が必要になれば、2つ目に当たる可能性があります。院内の区分と、市町村への報告が必要かどうかは別に判断してください。
その他の事故の報告は各自治体の取扱いによります。第1報は事故発生後速やかに、遅くとも5日以内を目安に提出するとされています。
インシデント報告を集める仕組みのつくり方
報告数が多いことは悪いことではない
済生会の臨床指標(介護事故防止体制の指標)は、インシデントをどの範囲までとるかは施設によって異なるため、インシデントの報告数が多い施設ほど介護安全上の問題が大きいわけではない、と注記しています。
報告が少ないことを「安全な証拠」と受け取らず、集まっていない理由に目を向けることが大切です。
書く手間・責められる不安・結果が返ってこない、を減らす
- 書く手間:勤務が終わってから様式に向かう前提だと、忙しい日ほど後回しになります(参考:「PC待ちで帰れない」ヒヤリハット報告の現実、ヒヤリハット報告が月に2件しか出てこない病棟)。
- 責められる不安:JCHOの指針は、報告体制は責任追及を目的とするものではなく、報告することによる個人への懲罰等は伴わないとしています。厚生労働省の指針も、ヒヤリ・ハット体験報告を提出したことを理由に不利益処分を行ってはならないとしています。院内の指針にも明記しておくと安心です。
- 結果が返ってこない:医療法施行規則第1条の11は、病院や有床診療所などの医療安全管理委員会の業務として、分析の結果を活用した改善の方策の立案・実施と従業者への周知を定めています。報告がどう生かされたかを返すことが、次の報告につながります。
ラクパスのヒヤリハット報告は、スマホから種別を選んでその場で提出でき、職員のけがや設備の不具合を含む17種別に対応しています。
報告は院長・看護部長などへ自動で届き、影響度・種別・時間帯ごとの集計も自動で作られます。
よくある質問
どこまでがインシデントですか?
JCHOの指針では、簡単な処置や治療で済んだレベル3aまでがインシデントです。ただし境目は施設によって異なるため、自院の医療安全管理指針を確認してください。
患者に影響がなくても報告は必要ですか?
JCHOの指針は、インシデント・アクシデントが発生した場合は当事者または関係者が速やかに上司へ報告するとしており、そのインシデントには患者に実施される前に気づいたレベル0も含まれます。
厚生労働省の指針も、ヒヤリ・ハット事例の報告を促進する体制の整備を求めています。影響がなかった事例こそ、仕組みの弱点を知る手がかりになります。
報告したら責任を問われますか?
報告したことを理由に責められないよう、JCHOの指針は、報告書は再発防止に役立てるもので、懲罰の対象や理由となるものではないとしています。
厚生労働省の指針も、ヒヤリ・ハット体験報告の提出を理由とする不利益処分を禁じています。
職員がけがをした場合も対象ですか?
指針によって扱いが違います。JCHOの指針はインシデントに訪問者や医療従事者の傷害(またはその可能性)を含めていますが、アクシデントは「患者へ」の傷害として定義しています。
厚生労働省の指針の「医療事故」には、注射針の誤刺のように医療従事者に被害が生じた場合も含まれます。自院の定義を確認してください。
参考にした公的資料
- 厚生省(現・厚生労働省)「リスクマネージメントマニュアル作成指針」(平成12年)
- 独立行政法人地域医療機能推進機構「医療安全管理指針」(平成28年6月)
- 国立大学附属病院長会議常置委員会 医療安全管理体制問題小委員会「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針」(平成17年3月)
- 医療法(第6条の10)、医療法施行規則(第1条の11、第11条、第12条)
- 厚生労働省 介護保険最新情報Vol.943「介護保険施設等における事故の報告様式等について」(令和3年3月19日)
- 日本医療安全調査機構(医療事故調査・支援センター)
- 日本医療機能評価機構「医療事故情報収集等事業」
- 済生会「臨床指標 インシデント・アクシデントの分類基準」(平成24年度)




